【現地本部長日記】「会津の復興・復興の合図」

掲載日:2011.07.10

福島県への赴任後、今日でちょうど40日。今日、初めて県内で朝から夕方まで仕事を離れました(今は夜9時、本部長室でこの日記を書いています)。そして、(お恥ずかしいことに)まだ一度も行ったことの無い、会津地方を訪ねました。

福島県は、浜通り、中通り、会津地方、というように呼ばれるのですが、面積が大きく東西に伸び、山に遮られていたことも幸いしたのでしょうか、東の海岸沿いにある福島第一原発からの被害は、高い線量という意味では会津地方にはほとんど及んでいません。会津地方の線量は、首都圏と大差ないのです。しかし、風評被害は大変です。大型観光バス、修学旅行はパッタリだと聞いています。

今回、少しホッとしたのは、複数の宿泊施設で、「少しずつお客様が戻りつつある」と言われたことです。もちろん、かつてのようは賑わいが戻るにはまだまだ時間がかかると思います。しかし、山や湖の大自然・無数の温泉や日本酒・歴史文化や民芸品・食の楽しみ、スキーリゾート、そしてもちろん会津の人々の優しさとおもてなしなどなど、会津地方の魅力は尽きません。

先日、観光庁も、会津若松市を訪日外国人旅行者受入れ地方拠点に選びました。観光をはじめとした産業力の回復や雇用の創出面で、何としても会津地方が福島県を引っ張らなければなりません。まさに、「会津の復興」は福島県「復興の合図」なのです。

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